いつまでも平和が続く事を祈りながら 茨城県 水戸市 墓石

塩谷家集合写真                            保科はつの墓
五十年前に建てた母方の大叔母の墓石が、東日本大震災の時傾いてそのままになっていました。
大叔母(後に養母となった)は明治の後期から昭和初期まで教員をしていました。
始めは磯浜尋常高等小学校で数年つとめ後、土浦市の土浦尋常高等小学校で退職するまで働きました。
生涯独身で児童にも慕われ良き教師として努力していたようです。
昭和七年退職した際には、茨城県の女教師としてはじめて勲八等をいただいたと聞いたことがありました。しかし昭和二十年の水戸空襲の折、実家の蔵が焼けてしまい詳しい記録が残っていないのは残念です。
此の度こしばさんのお力により、希望通りの新しいお墓が出来上がり、私達も安心し喜んでおります。やっと心が落ち着きました。
和の一文字、本当によかったと思います。平和の和、なごみの和、いつまでも平和が続くことを祈りながら厚く御礼申し上げます。

 

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