お客様の声

これまでこしば石材へ寄せられた、お客様からの「喜びの声」をご紹介します。
いつも私たちを励ましてくれるお客様からのメッセージは、私たちの大切な宝物でもあります。

お客様と一緒に作る思い入れのお墓 ~家族の絆~

墓所写真

集合写真
想い出つづり

病気で覚悟はしていたつもりだったのですが、突然体調をくずし、あっというまに逝ってしまった主人。受け入れられず、外にも出られずにいた時、ネットで「ソウルジュエリー」という物を知り、それがこしば石材店にある。
意を決して、一人で車に乗り、久しぶりに運転し、ソウルジュエリーを求めてお店に行った時、墓地もまだ無かったので、ジュエリーだけで行った私に丁寧に接してくださり、お墓のアドバイス、そして「あわてなくても良い」と話してくださり、心暖かく家に帰りました。
それから1年が経ち墓地が決まった時、兄弟の薦めもあり、こしばさんへ二度目の訪問をした時、以前と変わらず丁寧に接してくださり、何よりも予算の少ないうちに合わせて提案してくれて、私共の要望も取り入れてくれて、ありがたく思っています。

金婚式の節目に建碑しました~お仲人さん自筆の文字を墓石に刻字~

集合写真
墓石
想い出つづり
令和三年四月に金婚式を迎える私たち、二人の行く末を考え、これを機に建碑しようと思い至りました。
子供たち三人は、何度か転校はあったものの、高校までは水戸の地で学び、今はそれぞれ独立し遠くに住んでいます。五人の孫たちも含めて、水戸は「私たち家族のふるさと」です。
この度、祇園寺さんにご縁をいただき、こしばさんには親身になって相談に乗っていただき、無事お墓を建立することができました。墓石には私たちのお仲人である茨城大学教授 故磯部浩氏夫人和子様に書いていただき「清風」と刻字しました。
祇園寺参禅会で出会った禅の言葉「歩歩清風起」すなわち生活の全てが修行であり、日々たゆまず精進することが大事である、そして学ぶ心を持ち続ければ周囲に清風の絶えることはないと。
家族の皆が明るく健康で、清風のなかで過ごせることが私たち二人の永遠の願いです。

すっきりした洋風のお墓が出来ました 水戸市 お墓 石材店

お墓 お墓想い出つづり

亡き主人は若い頃からお洒落で、また子煩悩でした。

また、車で走り廻るのが好きでした。

夏休みには旅行、冬休みにはスキーへと連れて行きました。

主人もスキーが好きだったのでしょう。

お墓をつくるので、こしば石材店に相談しました。

私たちの思いを聞き入れて頂いて、すっきりした洋風のお墓が出来ました。

本当に良いお墓が出来上りました。

ここから皆を見守っていて下さい 鉾田市 お墓 石材店

お墓 お墓想い出つづり

山辺 昇 様

苦労して生きて来て、最後の安住の地として選んだのが、親戚も知人もほとんどいない鉾田でしたね。

引っ越したばかりの頃は、何年か生きていれば良いとか言ってたけど、

カラオケや民謡もできたし釣りにも行けたし、孫たちも遊びに来てくれたから良かったでしょ。

お母さんも真美子も私も、お父さんには感謝してます。

この鉾田に山辺家の墓を建てました。

今後はここから皆を見守っていて下さい。

「親孝行したい時に親はなし」 水戸市 お墓 石材店

お墓

想い出つづり

「親孝行したい時に親はなし」

父とは意見の相違から、ぶつかり合ってばかりいました。

今思えばもっと父の気持ちに寄り添えば良かったと後悔の念で一杯です。

私自身ここまで人生を送れたのも父母のお陰なのに。

せめて、私をここまで育ててくれた感謝を込めて墓石をデザインしました。

実現に当り、こしばさんにお力添え頂きお礼申し上げます。

ありがとうございました。

心根の優しい義父でした 水戸市 お墓 石材店

お墓

想い出つづり

嫁いで29年目。今、振り返って一番心に残っている事は15年前義母が「くも膜下出血」でICUに入院している際、

意識の無い義母に声をかけに義父と二ヶ月近く毎日休まずに通った事が一番の思い出です。

口数の少ない義父でしたが心根の優しい人でした。

病床から私に最後に残してくれた言葉が「申し訳ない。〇〇(筆者のお名前)に申し訳ない。」と優しい声でした。

血液の癌に重ねてコロナにまでかかってしまい看取ってあげられなかった後悔はありますが、

モニター面会時、一生懸命声を出してくれた事、目を開けて私達の姿を見てくれた事。けして忘れません。

義父の優しさ実直さが主人に継承されている事、今後も人を思いやる優しさが義父の財産として後世に繋がってゆく事と思います。

じいちゃん見守っていてね!「しっか」と生きてゆくからね。

 

納得のできるお墓ができました 水戸市 お墓 石材店

お墓想い出つづり想い出つづり

この度は、大変お世話になりました。

こしば石材様に依頼するのは今回で二度目になります。

前回は、私が幼少の頃、父と釣り堀に行った帰り道にお店に立ち寄った事を記憶しています。

もう半世紀も前の事になるのですね。

東日本大震災で被災すること十年、これを機に修繕することにしました。

小柴様には、忙しい中、何度も相談にのって頂きました事、大変感謝しております。

お陰様で、納得のできるものができました。

これから世代が代わっても、末永くおつきあいをして頂けたらと思っております。

 

墓碑銘「治」に願いを托して 水戸市 お墓 石材店

 

お墓 お手紙

お手紙

夫は令和2年7月4日に、91歳を一期として往生しました。

墓所は決めてありましたが、墓石は建立してありませんので、こしば様にお願いしました。

墓碑銘は「治」としました。それは夫が生前お寺様と戒名について話し合いました折、「私は名前の一字、治が好きです。」と申し上げ、戒名に治を入れて頂きました。夫は若い時から病気に悩まされて「治療・完治」を望んでおりましたから…。また家族は現在のコロナ禍や、乱れた世の中が穏やかに治まって欲しいとの願いを「治」に托そうと決めました。

11月6日に、墓石ができ確認したところ、

・地震に強い横長の厚い石に「治」が見事に彫ってある。

・納骨室に換気孔がつけてある。

・外柵がベンチ代わりになり坐れる。

等、予想以上に素晴らしい出来栄えでした。

そこに永眠できる夫は、「終わり良ければすべて良し」の故事道理、大変幸せで人徳のあった人と、私は心の中で称賛いたしました。

花の絵を描くことが好きだった母を想い桜の彫刻 水戸市 お墓 石材店

金澤家写真
昨年9月に母は亡くなりました。墓地は準備してあったものの、墓石までは建立されてはおらず、なんとか一周忌までにはお墓を建立して納骨したいと考え、業者を探しました。まずは、地元で実家や墓所にも近いコシバ石材さんに訪問、社長さんの誠実なお人柄に触れ、即決いたしました。
お墓のことなど何も分からない私どもに、優しく的確なアドバイスをいただき、こちらの要望も上手に取り入れていただきました。
特に、花の絵を描くことが好きだった母を想い、墓石に桜の花を彫っていただきましたが、予想以上の出来栄えに満足しております。亡き母も納得してくれただろうと、母の笑顔を思い出しながら家族で話をいたしました。
本当にありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。

理想通りのお墓を建立する事ができました 水戸市 お墓 石材店

永井家写真

令和元年8月18日 父が亡くなり、その9日後 すぐ後を追うように母も亡くなりました。
まさかこのような状況になるとは思ってもみなかった私にとって、葬儀はなんとか執り行うことができたものの、お墓の事までゆっくり考える余裕はありませんでした。今年になり、なんとか一年祭までには建立したいと思い、様々なお墓を見て廻ったり、他の業者の方にも何件も話を聞いてみましたが、どうにも納得できず悩んでいた時、たまたまお店の前を通ったので立ち寄ってみたところ、社長さんが親身に相談に乗ってくれました。
お墓への思いや希望を話してみると、早速デザイン画を作成してくれました。まさにこんなお墓が建てたいと強く思いました。
その後の打ち合わせでは、かなり細かい注文を何度もお願いしましたが、快く全てに対応して頂き、とても嬉しかったです。おかげ様で、理想通りの素晴らしいお墓を建立する事ができました。本当にありがとうございました。
思えば、生前にはこれといった親孝行もできなかった事がとても悔やまれますが、感謝のしるしとして最高の贈り物ができ、亡き両親も喜んで見守ってくれているのではないかと思います。

残された私の人生に光と勇気を残してくれたことに感謝 水戸市 


村松家想い出つづり

「お墓は我が家に近い所が一番だね!!」と何度も訪ねました所が「安楽寺」浄土真宗でした。私たちはお互いの御先祖様を大事に感謝しつつ生きてきましたね。
春にはしだれ桜の咲く風情豊かな場所は、絵手紙に書きたかったことでしょう。
「家族の想い出」はいっぱい綴ってくれました。一冊の本が出来ます程に。
それから、残された私の人生に光と勇気を残してくれましたこと「感謝」です。
私達家族は、こしば様のご縁で素敵な「墓」が出来ました。ほんとうにありがとうございました。

桜に願いを込めて 水戸市 お墓 石材店

杉本家
お酒が好きで、うれしいと大きな声で子供のようにはしゃいでいた義父。
遺影の写真は、みんなで楽しく過ごした時の、誰もが覚えている笑顔です。
散歩に行くと、お墓に近い公園でひと休み、花を見つけると「ばあさんに貰っていく」と持ち帰ります。
いろいろな鳥を飼っていた時もありました。その姿と大切な人を想う心を鳥に、故郷の青森との絆をリンゴに、散歩のときのように木や花、緑の中で眠れるように。
そして、離れて暮らす家族や親戚がどこにいても思いを馳せられるよう、桜に願いを込めて。

桜の花を添えてやっと恩返しが出来ました 水戸市 お墓 石材店

笹原家
笹原家想い出つづり

「俺は大丈夫だよ」という言葉を最後に義父が亡くなりました。持病はありましたが、あまりに突然の出来事で、無事葬儀は済ませたのですが、お墓までは準備しておらず、どうしようという思いがありました。土地は購入してありましたが、いざ上物となると、なかなか生前に皆で話し合う事はありませんでした。
お墓の話をするなんて、思っていても出来ないのが現状です。時は過ぎるばかりで、広告を見たり、知り合いに聞いたり、何件か墓石屋さんを訪ねたりしましたが、なかなか思うようには進みませんでした。そんな中で、こしばさんに出会いました。
ネット掲載のものは、内容が全く違っていたり、石そのものが置いてなかったり、今までの経験から、もしかしたらまたイメージと違うかな、と今となっては本当に申し訳なく、当初はそんな思いでお店に伺いました。
社長さんのお話やお店の方たちの温かいおもてなし、本当に親身になってお話を聞いて下さり、縁とは不思議なもので、家族一同是非お世話になりたいとお願いしました。
お寺にお参りに行くたびに「もう少し待っていてね」と長い間待たせてしまった義父をやっと安心して納めるお墓が出来ました。
「これで良かったかな?どうかな?」義父からの言葉を直接聞くことは出来ませんが、この世で最後に聞いた「大丈夫だよ」の声が聞こえてきそうな気がしました。
嫁ではなく、娘のように気さくに接してくれた義父に、桜の花を添えてやっと恩返しが出来ました。
社長さんはじめ皆様方、本当にありがとうございました。家族一同、感謝申し上げます。

この大切な宝を家族皆で守っていきたい 水戸市 石材店 お墓

松田家

数学者として学問を追及した父は、病床でも最期の論文を仕上げるなど
剛毅直諒な人でした。気丈な父に一縷の望みを抱いた日もありました。
母の希望した寺院との御縁に恵まれ、㈱こしば様の御心遣いにはいつも励まされ、
悔いのない見送りができました。
心より感謝申し上げます。
完成した墓石は美しく輝き、神々しさに心が揺さぶられ、時が再び動き出した
ように感じました。この大切な宝を家族皆で守っていきたいと思います。
どうもありがとうございました。

家族全員が集える念願のお墓 水戸市 石材店 お墓

 新規墓所建立 横山家

旧墓地は山の中腹で道が狭く雨で削られ岩肌面を登らなくてはならず、
墓参りが大変苦労で 私一人だけ墓参りをしました。
今回、朝昼夕に鳴る鐘の音で安らげる、髙根山大山寺は檀家も多く入壇希望をしていたところ、総代様の紹介で入壇できました。
家族と親族が気持ちよく墓参りができるように㈱こしば様に
墓設計を依頼し 大山寺の東向きの一番良い場所に洋式のお墓を建立する事ができました。
本当にありがとうございました。

 

昭和生まれの私達は従来のスタイルの墓を選びました 水戸市 お墓 石材店

石崎家墓所
小柴様には、かつて水戸市社会教育委員会でご一緒し、墓碑建碑に際し迷うことなく㈱こしば様にお願いした次第でございます。立派な墓が出来上がり、感謝いたしております。
いつの間にか高齢社会の主役となり、わが身のゆきつくところを考えるようになり、墓に対する考え方も様々で悩まされましたが、昭和生まれの私たちは従来のスタイルの墓を選びました。
退職を機に海外旅行をはじめました。初めに北欧四か国をめぐり、その仲間達と「北欧友の会」をつくり、ヨーロッパ・アフリカ・アメリカ・カナダ他を旅しました。ウインナーワルツの華麗な舞台やベルリンフィルのオーケストラ・ケネディの眠るアーリントン墓地など、遂この間のように思い出されます。
お蔭様で子供たちも健康でそれぞれの人生を歩み、世界が平和であったことが幸せだったとしみじみ思うこの頃でございます。

綺麗に、清々しい雰囲気に完成! 水戸市 石材店 お墓

写真
施工前
施工前

施工後
施工後
想い出つづり
私共が管理しているお墓が二列あり、お盆やお彼岸の折、雑草等の清掃が大変でした。又、この内一列目の墓が一体誰の墓かと常々疑問に思っておりましたが、墓石を見直し、法名をお寺で確認した処、五代前の先祖の長男と判りました。
又、この夫人と思しき法名も発見されましたが、戸籍開示は直系親族のみとの事で判明出来ず、長男のみ記載しました。私共は次男の子孫となり、今回絶えてしまった長男の列に「倶會一處」の墓碑を建て、先祖への供養としました。
これからは、四代前からの先祖の墓と合わせ、全表面を石で蓋った二列の墓を守っていこうと思っており、長年の懸案を解決し、本当に安堵致しました。

 

新しい年、令和元年に墓石を建碑 茨城県 水戸市 お墓

集合写真

墓所写真

石塔写真

想い出つづり1

想い出つづり2 ~ 碑文について ~
子育てや、孫たちに囲まれて多忙な日々の中で、私共夫婦も無事に金婚式を迎えました。
そこで思い立ちましたのが、新しい年、令和元年に墓石を建碑することでした。生前建碑にはいささか抵抗がありましたが、こしばさんに相談して話を進めていきますと、とても清々しい気持ちになりました。
墓石に刻字するについては、経文から、名言集から、禅の語録、散文からと迷いましたが、ふと、昔どこかで読んだことのある書物で、お坊様の書かれた「心を洗う」に感銘を受けたことを思い出しました。
人として生まれてくれば、聖人君子の生き方をできるはずもなく、清濁併せ呑む生き方をしてきました。だからこそ、人間晩年に近づくと己の身も心も清める事が出来得れば、そうしたいと願うものですね。
せめて、正気であるうちから少しでも残りの人生で浄化できるように精進して聖なる墓に入りたいものです。
これ等の事を鑑みて「洗心」と彫って頂くことに致しました。今後は人生を更に深め円熟した生活を過ごしてゆきたいと念じております。

アドバイスを頂き納得のいくお墓 茨城県 茨城町 お墓 石材店

記念写真

お墓

想い出つづり

こしば石材店様
この度は大変お世話になり、ありがとうございました。
お地蔵様だけのお墓でしたので、アドバイスを頂き納得のいくお墓を建てて頂き
感謝申しあげます。
これからは、故人のご冥福を祈って墓参をしてまいります。
こしば石材様の益々の御発展と皆様の御健勝をお祈り申し上げます。

お母さん、やっと終の栖ができましたね 茨城県 水戸市 お墓 石材店

集合写真

想い出つづり

昨年末に母が亡くなり半年が過ぎました。
父と母が用意していた墓所に墓石が建ち、母が先に入ります。
思えば転居が多く、なかなか一処に落ち着けない生活でしたが、
お母さん、やっと終の栖ができましたね。
体が弱り動けなくなって、どんどん笑顔が減っていきました。
今は苦しみもなく笑っていられますか。
お母さんの笑顔が本当に大好きでした。
これからは会いたくなったり話をしたくなったら、
お母さんの眠るこの場所に会いに来ます。
将来又、家族が一緒になれるその日まで。

最後にもう1軒 と頼んだ「こしば」 茨城県 水戸市 お墓 石材店

正面

ななめ

想い出つづり

夫が昨年九月に、自宅で静かに息を引き取りました。浜見台の墓地も決まり、春の彼岸にお墓をとたくさんの石屋さんを回りました。
日程ばかり気にして、あまり満足しないまま決めようとしていました。
最後にもう一軒と頼んだ「こしば」さんの図面を一目見るなり、洋風の斬新なデザインが気に入り、即、決めました。
「こしば」さん ありがとうございました。
これからも宜しくお願い致します。

平成の時代が終わる前に建立したい 茨城県 水戸市 お墓 石材店

集合写真

想い出つづり想い出つづり2
私達は会社勤めから脱サラして、三人の子供達と生まれ故郷の水戸に戻り、独立して大工道具電動工具の小売業を創立しました。仕事も順調になり、子供達もそれぞれ結婚して我家からとび出していきました。
サラリーマンだった長男が会社を辞めて家業を継いでくれると云った時は、私達はとても嬉しかったです。金婚式も終りそろそろお墓の事を考える様になりました。墓地は、浜見台霊園を早く確保していました。子供達に相談すると、生前にお墓をつくると何か縁起が悪いというような事を云っていました。でも、思い切ってこしば様に電話してお話したところ、生前に建てるのは縁起が悪いどころかおめでたいことだといわれ、早速事務所にお伺いして相談しました。
社長さんはじめ、社員の方々の適切なアドバイスで話はどんどん進み、主人の希望通り黒い石で縦型の墓石にしました。神道なので、八幡宮にも工事を始めてもらいました。
平成の時代がまもなく終わろうとしているうちに建立をしたいと申し出て、妻の誕生日の四月十三日に開眼式をとり行うことが出来ました。
本当にありがとうございました。
㈱こしば様の益々のご発展をお祈り致します。

亡き父が興した会社の社是より「誠実」の言葉を墓標に 茨城県 水戸市 お墓 石材店

墓所
集合写真
想い出つづり
両親の故郷福島に墓がありますが、管理が難しくなってきましたので、母が亡くなった機会に水戸市浜見台霊園に墓地を求めました。
墓を建てるにあたって、こしば様の適切なアドバイスを頂き、希望通りの出来上がりに感謝申し上げます。
尚、墓標の言葉「誠実」は亡き父が興した会社の社是の中の一部であり、故人の自筆であったので、決めました。

これからは毎日お参りすることができ嬉しく思います 茨城県 水戸市 お墓 墓石

写真

想い出つづり
お父さん、お母さん、長い間、東峰の墓地に眠っておられましたが、私達も高齢になりお参りに行くことが困難になって参りました。
この度、自宅のある松本町の近くに墓地を得ることができました。
これからは、毎日お参りすることができ嬉しく思います。
孫の将生が近澤家・石﨑家両家を守っていくと思います。

今でも母に深く感謝しています 茨城県 水戸市 お墓 墓石

お墓

集合写真

文章

私、中野忠雄は、父・熱田喜代二と母・ふよの二男二女の次男として誕生しました。父は三十代の時に病気で他界してしまい、母一人で私たちを育ててくれました。今でも母に深く感謝しています。
私が五十代の時に、水戸市の夏のイベントである水戸黄門まつりのパレードに黄門役として参加する事が出来ました。初の公募だった事もあり、黄門役に選ばれた時は家族も喜んでくれて、自分自身も良い経験をさせてもらいました。
水戸市で生まれ育って、水戸市のメーン行事となる水戸黄門大名行列に参加出来て、今でもこれからも忘れられない一生の宝物だと・・・。二十六年前の事ですが、私の一番の思い出として伝えたいです。
ここまで読んでくれてありがとう。

的確で穏やかな応対をして頂き感謝申し上げます 茨城県 水戸市 お墓 墓石

写真
集合写真
文章

昨年位からお袋が終活について色々と私に相談を持ちかけるようになり、あまり気乗りはしませんでしたが、少しずつ調べたり、リストを作ったりしておりました。
ところが、思わぬ大病が見つかり、全てストップしました。今想えば、お袋自身、体の異変を感じていたのかもしれません。
気ばかり焦る私に対し、的確で穏やかな応対をして頂き、小柴社長以下、スタッフの皆様に感謝申し上げます。

「歩」 この一文字に父の想いはたくさん込められています 茨城県 ひたちなか市 お墓 墓石

お墓

歩
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想い出つづり
「歩」・・・これまでの人生を振り返る時「歩み」という言葉を使います。そして、ここから先に人生のページが進む時も、同じように「歩む」と使います。
親から子へ、子から孫へ、各々の人生でこの字に出会い、この字に心を表します。
この一文字に父の想いはたくさん込められています。
父は多くは語らず、しっかりと地に足を付け、「歩」を残し「歩」を伝えてきた家族の大地でした。そして、きっとこれからも・・・。

墓石を建て、家族の絆がよりいっそう深まりました 茨城県 水戸市 お墓 墓石 

お墓

集合写真

お墓

想いでつづり

心不全で入退院を繰り返していた父が、十月に亡くなりました。墓石を建てる事になり、母とこしば石材店さんを訪問したところ、店内のショールームに黒色の墓石が展示してあるのを見て、私も母もその墓石が気に入りそれに決めました。
こしばさんは、限られた予算の中で見積りやアドバイス等をして頂き感謝しております。
高澤家の墓石を建て、家族の絆がよりいっそう深まりました。父も安心して見守ってくれていることでしょう。
こしばさんとは、これからも末長くお付き合いしていきたいと思います。本当にありがとうございました。

ご予約・お問い合わせはこちら TEL:0120-310-148